レポート「和太鼓〜英哲さんの渾身の一打に出会う」

REPORT vol.42

レポート「和太鼓〜英哲さんの渾身の一打に出会う」

開催日 : 2026年08月09日(日)

対象年齢 : 5歳〜12歳

ナビゲーター : 林英哲

場所 : 光明寺(港区)

[ ART ]

国も言葉も超えて、心をゆらす一打
林英哲さんの太鼓に親子で出会った日

2026年8月9日(日)神谷町・光明寺にて、
芸術プログラム「和太鼓〜英哲さん渾身の一打に出会う」を開催しました。

この日お迎えしたのは、太鼓奏者の林英哲さん。
そして、サポートパフォーマーの辻祐さん(英哲風雲の会)です。

日本の太鼓表現を切りひらき、世界各地の舞台で演奏を重ねてこられた英哲さんの太鼓は、
国も、言葉も、文化も異なる多くの人々の心をゆらしてきました。

初めて太鼓を聴いたはずなのに、涙がこぼれる。
なぜか懐かしいと感じる。

その一打が、この日は、子どもたちの目の前で響きました。

大きなホールの客席からではなく、太鼓のすぐそばで。
音が空気を震わせ、床を伝い、身体に届いてくる距離で。

会場となったのは、街の中にありながら、深い静けさをたたえた光明寺の本堂。
静かな空間に、英哲さんの太鼓が響く。
子どもたちも保護者の皆さまも、その一打を、それぞれの心と身体で受けとめていました。


Photo : Kaito Chiba
Special Thanks : KAJIMOTO

静かな本堂をゆらした、一打

会場となった光明寺の本堂は、街の中にありながら、深い静けさをたたえた空間です。

その静けさの中に、英哲さんと辻さんの太鼓が響きました。

一打が鳴るたび、空気が震え、床を伝って、身体の奥へ届いてくる。
音は耳で聴こえるだけでなく、その場全体をゆらしているようでした。

それを実感したのは、プログラムが終わったあとのことです。
解散後、会場を掃除していると、床に黒い煤が落ちているのを見つけました。
お寺の本堂に長く積もっていた煤が、太鼓の響きで落ちていたのです。

本堂そのものを震わせるほどの音。
その響きを、子どもたちは目の前で、身体いっぱいに受けとめていました。

音が、身体に届くということ

英哲さんの太鼓の音はただ「大きい」だけではありません。

胸に、お腹に響く。
床を伝って、身体に届く。
子どもたちは、座って聴くだけでなく、太鼓の近くへ行ったり、床に寝転んだりしながら、
その響きを確かめていきました。

座布団の上で聴く音。
床に近づいて感じる振動。
太鼓のすぐそばで受けとめる空気の震え。

英哲さんたちに誘われて、演奏されている太鼓の胴におそるおそる手を当てると、
木の中を震えが走っていることがわかります。

場所や姿勢が変わると、音の感じ方も変わる。
そのことを、子どもたちは頭で理解する前に、身体全体で感じてくれました。

「初めは大きな音にびっくりしたけど、聞いているうちに、その音が、だんだんと気持ちよくなってきました。とっても不思議です。」

「一つの太鼓の、真ん中だけでなく、上とか下とか、端っことか、色々な音が出て面白いと思いました。」

「おしりがビリビリして、面白かった。」 「太鼓の音も、掛け声もかっこよかったです。」

「床に転がって聴いてみよう!」
床に身体を近づけると、太鼓の振動が直に伝わってきます。

太鼓の胴にそっと手を当て、音が響き、木が震える感覚を確かめます。


国や言葉を超えて届く響き

英哲さんのお話は、太鼓という楽器の迫力だけでなく、
その響きが人の心にどのように届くのかを考えさせてくれるものでした。

世界各地で演奏を重ねる中で、初めて太鼓を聴いたはずの人が涙を流したり、
「なぜか懐かしい」と感じたりすることがあるそうです。

国も、言葉も、宗教も、文化も違う。
けれど、太鼓の音に触れたとき、人の身体が同じように反応することがある。

英哲さんは、その理由のひとつとして、
私たちが生まれる前、お母さんのお腹の中で羊水を通じて感じていた音や振動、そして心臓の鼓動に近いものがあるのかもしれない、とお話しくださいました。

生まれる前、誰もが誰かのお腹の中にいた。
言葉や文化を持つ前に、身体で音を感じていた時間がある。

太鼓の響きは、そうした言葉になる前の記憶に触れるものなのかもしれません。
子どもも大人も、そのお話に静かに耳を傾けていました。

太鼓を打つ身体を見る

英哲さんの演奏を間近で拝見すると、音の迫力だけでなく、その身体の使い方にも圧倒されます。

腕の力だけで打つのではなく、足の置き方、膝の使い方、重心、呼吸、そしてバチの先まで伝わる遠心力。
一打の背後には、長い時間をかけて磨かれてきた身体の技術がありました。

英哲さんは、力だけに頼るのではなく、身体全体をどう使うか、
最後まで演奏し続けるためにどのように力を配分するかについてもお話しくださいました。

70歳を超えてなお、あれほどの迫力で太鼓に向かわれる姿。
それは子どもたちだけでなく、大人にとっても強く心に残るものでした。

太鼓を打つ身体そのものが、英哲さんの歩んでこられた時間を物語っているようでした。

想像以上の迫力、素晴らしい演奏に圧倒されました。お話をされている時の優しい雰囲気とはガラッと変わる、第一人者の気迫を目の当たりにして、感動しっぱなしでした。子どもと一緒に体験できたことを幸運に思います。(保護者)

英哲さんの構え、呼吸、気迫。
音が生まれる前の時間にも、深い集中があります。

自分の身体で、一打を打ってみる

子どもたちは、実際に太鼓の前に立ち、自分の一打にも挑戦しました。

英哲さんから教わったのは、ただ強く打つ方法ではありません。
立ち方、足の置き方、膝の使い方、背中の伸ばし方、バチの構え方。

太鼓の前に立つ。
身体を整える。
呼吸を感じる。
そして、一打を出す。

大きな太鼓を前に、少し緊張しながらバチを構える子どもたち。
音が鳴った瞬間の表情。
打ち終えたあとの、少し誇らしげな顔。

聴いていた太鼓の音と、自分で出した音がつながる、大切な時間になりました。

「子ども向けの企画だと思って参加しましたが、親自身も夢中になって、心が揺さぶられる素晴らしい体験でした」(保護者)

英哲さんに構えを教わりながら、太鼓の前に立つ子どもたち。
大きな太鼓を前に、身体全体を使って一打を打ってみる。

大きな太鼓の前で、音をつなぐ

ワークショップでは、昔のお祭りなどで親しまれてきた「まわり打ち」にも挑戦しました。

大きな太鼓の前に順番に進み出て、前の人の音をよく聞き、自分の番が来たらすぐに一打をつなげていく。
大切なのは、自分だけが上手に打つことではありません。

前の人の音を受けとる。
遅れないように、次へ渡す。
みんなで一つのリズムをつくっていく。

子どもたちはもちろん、保護者の皆さまもバチを持ち、身体を動かしながら参加しました。
最初は少し戸惑いながらも、次第に笑顔がこぼれ、場の空気がやわらかくなっていきます。

太鼓は、一人の音でありながら、人と人をつなぐ音でもある。
そんなことを感じさせてくれる楽しい時間でした。

大きな太鼓の前に順番に進み出て、音をつなぐ「まわり打ち」に挑戦しました。
親御さんも一緒に、身体を動かしながら太鼓のリズムを感じます。

問いが生まれる体験

プログラムの中では、子どもたちや保護者の皆さまから、いくつもの問いが生まれました。

「どうやって息をぴったり合わせるのか。」
「西洋音楽と太鼓のリズムはまったく違うのに、英哲さんは、どうしてオーケストラと共演できるのか。」

それは、演奏を聴き、身体で響きを感じ、自分でも太鼓を打ってみたからこそ出てくる問いでした。

英哲さんは、ご自身が前例のない形で太鼓の表現を切りひらき、世界各地の舞台やオーケストラとの共演を重ねてこられた経験をもとに、一つひとつ丁寧に答えてくださいました。

太鼓には、歌のような旋律があるわけではありません。
それでも、音の強弱、間、余韻、身体の動きによって、ひとつの音楽として世界の人々に届いていきます。

親子で同じ響きの中にいること

印象的だったのは、子どもたちだけでなく、保護者の皆さまも、とてもよい表情をされていたことです。

演奏を見つめるまなざし。
子どもが太鼓に向かう姿を見守る表情。
親御さん自身もバチを持ち、身体を動かしながら音を感じている姿。

子どもだけが体験するのではなく、親も同じ場にいて、同じ響きを受けとめる。
そのことが、今回の時間をより深いものにしていたように思います。

英哲さんのお話の中には、子どもたちにとって少し難しい部分もありました。
けれど、親子で同じ場に身を置き、同じ音を聴き、同じ時間を過ごしているからこそ、
その体験は帰宅後にも続いていきます。

「あのとき、どう感じた?」
「英哲さんのお話は、こういうことだったのかもしれないね」

親御さんの言葉を通して、体験がもう一度、子どもの中に届いていく。
そこに、親子で体験を共有することの大きな意味があると感じました。

少人数だからこそ生まれた近さの中で、演奏を聴き、お話をうかがい、太鼓の響きを身体で確かめ、自分でも一打を打ってみる。

英哲さんと辻さんの優しいお人柄に包まれながら、太鼓の迫力と余韻を親子で受けとめる、深い体験の時間となりました。

太鼓の響きが、子どもたちの身体の中に、そして親子の会話の中に、これからも静かに残っていくことを願っています。

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