<鼎談> 歌手・加藤登紀子さん × 半農半歌手・Yaeさん

2026.05.27

<鼎談> 歌手・加藤登紀子さん × 半農半歌手・Yaeさん

自然は、子どもが自分の感覚を信じられる場所
〜 登紀子さん・Yaeさん親子が語る、農と歌と子どもの時間

無農薬農業や循環型の暮らしを通して、自然と共に生きる感覚を取り戻すことを目指している千葉・鴨川の山中にある『鴨川自然王国』。

今回は、ここを舞台に、加藤登紀子さんとYaeさん親子とのスペシャル鼎談が実現しました。

1981年、加藤登紀子さんの夫で、環境活動家の故・藤本敏夫さんが“農的暮らし”の実践拠点として築いたこの場所に、登紀子さんは今も足繁く訪れ、次女のYaeさんは“半農半歌手”として居を構えて、3人の子どもを育て上げています。

田畑や豊かな森に囲まれ、人と人がゆるやかにつながるこの空間で、子どもにとって本当に必要な体験とは何か、“農”と歌、そして自然の中で暮らすことの意味について、たっぷりとお話を伺いました。

Photo : Kaito Chiba
Facilitation & Text:Yoichi Okubo(Konamisha)

 

自然ってこんなにも面白い

加藤登紀子さん(以下敬称略):今日、ここはずっと風が強くてね。見ていて「ああ、美しいな」と思うわけです。今、あることを思い出していたんだけど…

以前、とある企業の若い人たちとイベントをやったとき、「今度は他の人も誘っていらっしゃい」と言ったら、「自然の中に行くのが嫌な子がいる」って。「どうして?」と聞いたら、ビルの中にいるとほとんどすべてが直線で、きちんとしている。ところが、自然の中に来ると訳のわからない曲線が絡み合っていて、気持ち悪くなってしまう、と。ショックでしたね。

三枝 :自然を前にして、そういうふうに感じる方もいるんですね…

加藤 :感受性の強い子どもが直線ばかりの環境で育ち、そのまま大人になると、自然の複雑さに混乱してしまうのかもしれない。

Yaeさん(以下敬称略):私も、逆の意味で似たようなことがありました。都会のカフェに入った時、店内が全部真っ白で曲線がひとつもなくて、すごく苦しくなったことがあって。
私は、小さい頃から自然の中にいるのが好きだったんです。父がここに初めて連れてきてくれたのは、小学校高学年くらいだったと思うんですけど。

三枝 :その時のことは覚えていらっしゃいますか?

Yae :はい、覚えています。この場所が大好きになって、当時通っていた東京の小学校の同級生たちを、みんな連れてきたくらいです。バス停が山の下にあって、そこからみんなで歩いてきて。

三枝 :いいですね!もう、その頃から「ご自分の場所」になっていたんですね。

加藤 :夫が建てたプレハブの天井に、男の子が穴を開けたわよね。夫も「やったな。誰だ、表彰しようぜ」みたいな感じで(笑)。

Yae :夜になると、誰に言われるでもなく、子どもたちだけで山の中に入って肝試しをしたり。

三枝 :今のお話を聞いているだけでも、子どもたちが自然の中で自由に育っていた空気が伝わってきます。
今日は、そんな「自然の中で育つこと」や、「自然が人の心や身体に与えるもの」について、あらためておふたりにお話を伺えたらと思っていて。

加藤 :そうですね。私はやっぱり、人間は“五感”で育つんだと思うんです。自然の中にいると、触った感触や風のにおい、説明できない色の違いなんかが全部身体に入ってくるでしょう。

だから、人生って記憶なのよね。頭で覚えているというより、身体のどこかに残っている感覚というか。今日、しばらくぶりにここに来て、あらためてそれを感じました。

三枝 :この場所に来ると、そういう感覚が戻ってくるんですね。

加藤 :そう。忙しく動いている時には全然気づかなかったんだけど、ふっと自分が止まったら、今度は風や雲や鳥や木が、ブワーっと動き出したように見えたの。

その時、私が止まったことを自然が感じたんじゃないか、と思ったんです。「さあ、自分たちの出番だ」って。そこから私はしばらくじっとしていたんだけど、ずっと楽しいの、まるでコンサートみたいで。

Yae :普段からもっとじっとしていてください(笑)。

加藤 :雲とか月を見るのも好きなんだけど、こちらが止まるとスーっと雲が動いたり、心の中で「ねえ」って言うと、隠れていた太陽がフワッと出てきたりする。だから面白いよね、自然ていうのは。

三枝 :自然が生き物みたいに動き出す、という感覚が面白いですね。自然をそんなふうに楽しめたらすごく素敵だと思います。

加藤 :人間にとって大切だとか、そういう理屈より前に、「自然てこんなに面白いものなのか」って。見ているだけで退屈しないの。

Yae  :私もここに来て、「緑ってこんなにいろいろな色の緑があるんだ」とびっくりしました。

三枝 :いま目の前にその景色を見ていて、その気持ちがよくわかります。

Yae :自然の中にいると、本当に驚かされることが多いです。そういう感覚が、自分の歌にも影響している気がします。

教育方針に一貫性はなくていい

三枝 :登紀子さんやYaeさんのように、自分自身が自然に向き合う姿勢があるから、自然が話しかけてくるように感じたり、その変化に気づけたりするんだと思うんです。でも、今の子どもたちはそういう場所で過ごす経験自体が少なくて、どう向き合えばいいのかわからないこともあるんじゃないでしょうか。

加藤 :昨日、子どものイベントで、小学生9人と田んぼで泥んこ遊びをしたんです。その中に、泥がつくのを絶対に嫌がる子が一人いたの。私はその子に、「泥を気持ち悪いと思う気持ち、私にもわかる。嫌だよね」って言いました。そうしたら、その子は「わかってくれた」と思ったんじゃないかな。ホッとした顔をしてたわ。そのあと気がついたら、その子、ドロドロになっていました(笑)。

泥を「気持ち悪い」と感じるのって、とても自然なことなんですよね。初めて田んぼに足を入れたら、「うわあ、ヌルヌルする」って驚くでしょう。その感覚を、まずはちゃんと受け止めることが大事です。そのうえで、「もう少し入ってみたら慣れるかも」「時間が経ったら平気になるかも」って、少しずつ知っていけばいいんですよね。

三枝 :確かにそうですね。自然って、きれいとか気持ちいいだけじゃなくて、ときには怖かったり、気持ち悪かったりもする。だからこそ、そういう感情も含めて向き合うことが大事なんでしょうね。

加藤 :親って、子どもにできるだけいい条件をそろえて、いい環境で育てたいと思うでしょう。でも、ある人が「適度な逆境が必要だ」って言っていてね。私は、それも大事なことだと思うの。

たとえば、「こんなに寒いの嫌だ」って経験を、本当はさせたくないじゃない。寒そうなら、温かいものを着せてあげたい。でも、「寒いって嫌だな」と感じる経験が絶対ない方がいいかというと、そうでもないのよね。

三枝 :嫌だと感じることにも、意味がありますよね。

加藤 :寒さを知らないと、「寒いって大変なんだな」ってこともわからない。たとえば今の風を受けて「気持ちいい」と思わなくて、「鳥肌が立った」とか、「突き刺さるみたいで嫌だった」と思う子がいたとしても、それはその子が、風を五感でちゃんと感じたということ。だから、大事なのは好条件を揃え続けることじゃなくて、自分で「寒いな」「じゃあ着ようかな」って感じられるようになることだと思う。

Yae :何を感じたかを正直に、自分に嘘をつかずに表現できることって、私もすごく大事だと思います。「嘘をつかなくていいんだな」という感覚は、この人(加藤さんを指しながら)から教わった気がします。

加藤 :そうね。でも夫には、「昨日言ったことと今日言ったことが全然違う」って、よく怒られていました(笑)。でも私は、「昨日はそう思った。でも今日はこう思う。だから“今”言っていることを信じてほしい」って言っていたの。

三枝 :その瞬間の自分には、嘘をついていないということですね。

加藤 :そうそう。だからYaeも、「昨日はダメって言われたのに、なんで今日はいいんだろう?」って思っていたんじゃないかな。でも、それはその時々で本当に感じていたことだから。

教育方針だって、「厳しくしよう」とか「甘やかそう」とか、どちらかに決めなくていいと思うんです。厳しい日があってもいいし、甘やかす日があってもいい。いろいろあっていいのよね。私は、一貫性がなくてもいいと思っているの。それに、私は“いないことの多い母親”だったから。

Yae :“いないことの多い”って(笑)。40代の頃なんて、ほとんどいなかったよ。

加藤 :一緒にいられる時間が少ないと、その時にあれこれ言ったら、もう決裂しちゃうのよ。だから結果的に、いい加減な母親だったんだけど(笑)、そのぶん、子どもたちの意思はなるべく尊重しようと思っていましたね。

そこら中が全部うちの庭だと考える

三枝 :ご両親は登紀子さんにどんな教育をされていたんですか?

加藤 :自由でしたよ。私は子どもの頃からわりと正義感が強くて、自分がやると決めたらやる子どもでした。

4歳の頃だったかな。アイスキャンディーは体を冷やすから食べちゃダメよ!って皆んなに言いながら、食べたくてたまらなくなってしまってね。母に頼まれてお使いに行った時にもらったお駄賃をコツコツ貯めて、ひとりでこっそり買いに行ったんです。でも、帰り道がわからなくなっちゃって。もう泣いた、泣いた。

三枝 :可愛らしい。小さい頃から、意志が強かったんですね(笑)

加藤 :そういえば、Yaeはとても面白い子でね。たとえば、2歳の時に初めて海に行った時、海の水をペロッとなめて「スープだ」って言ったの。もう、みんな大笑いするわ、感心するわで。まだ言葉もそんなに話せない頃だったのに。

あとは、一緒に保育園から帰る途中、「雨が降ってきたね」なんて話していた時に、「雨って、空の涙だって言ったりするよね」って私が言ったら、「違うよ」って言われて。

「何が違うの?」って聞いたら、「雨は冷たいけど、涙は温かいんだよ」って。私は、“涙は温かい”ということを、Yaeに教えてもらったんです。

三枝 :その頃から、感じたことがそのまま言葉になっていたんですね。

Yae :覚えてないです(笑)。でも、涙って、流さないといけないものだという感覚はありました。器みたいなものがあるとして、それがいっぱいになったら、どこかで外に出さないと苦しくなってしまう気がして。小さな頃から、泣くって、すごく必要なことだとは感じていたんです。

三枝 :子どもの頃から、そんなふうに自分の中の感覚を見つめていたんですね。ぜひいつか歌詞にしていただきたいです。

加藤 :本当にね、Yaeは子どもの頃から、そのまま詩になるようなことをよく言う子だったの。お風呂の中で、「ママ知ってる? 大きな魚は小さな魚を食べるんだよ」って言ってね。「小さな魚は、もっと小さな魚を食べるんだよ」って。

それで私が、「じゃあ、もっと小さな魚は何を食べるのかな」って聞いて、「プランクトンっていうんだよ」って教えたの。さらに、「じゃあ、プランクトンは何を食べるの?」って話になって「水を食べてる!」って私が言ったの。で、「水から栄養をもらってるんだよ」って説明したわけ。

そしたらYaeが、「じゃあ、水は何を食べてるのか知ってる?」って。私はもう絶句しちゃって。「何を食べるのかしらね」って聞いてみたら、Yaeが、「お日さま」って。

三枝 :すごいですね。子どもの言葉なのに、すごく根っこのところに触れてきますね。

Yae :なんでしょうね、変わり者でしたね(笑)。爬虫類図鑑や野鳥の本が好きで、自然をぼーっと眺めているような子だったと思います。あの頃は、庭もベランダもない、マンションの7階に住んでいたんです。窓を開けると、もう空しか見えないような。

加藤 :木々は下のほうに見えるし、遠くには明治神宮の森も見えていたんだけど、ある日、Yaeが「どうして東京には山がないの?」って真剣に聞いてきて。だから、東京都の地図を買ってきて、一緒に広げて見たんです。東京って実は3分の2が山でしょう。「ほら、見てごらん。こんなに山があるんだよ」って話して。それで今度は、本当に山を見せようと思って、一緒に高尾山に行ったのよね。

三枝 :よくそこまで鮮明に覚えていらっしゃいますね。

加藤 :マンションの7階だったから、子どもたちが駆け回れる庭もなかったし、このままだと土に触れることもなく育ってしまうんじゃないかと思ってね。
しかも、当時うちの電話番号が2874で、「庭なし」だったのよ(笑)。
それで、「高尾山をうちの庭にしよう」って話したんです。「昔はね、この地球全部が、みんなの庭だったんだよ。うちには庭はないけれど、そこら中を自分たちの庭だと思えばいいんだ」って。

三枝 :それは素敵な考え方です。一気に世界が広がりますね!

加藤 :それからは、休みの日になると地図を広げながら、「今日はどこの庭へ行こうか」なんて話していました。多摩川にもよく行きましたね。「ここもうちの庭だから」なんて言いながら、娘たち3人を連れて。

実際に行ってみたら、「いやあ、汚れてるね」と驚いて(笑)。「じゃあ掃除しようか」ということになって、ゴミを拾いながら、ずっと多摩川を歩いたの。あれは楽しかったですね。

三枝 :「自分たちの庭」だと思うと、見え方も接し方も変わりますよね。

加藤 :そう。ゴミ拾いって、子どもは大好きですよね。もう夢中になって、一生懸命拾っていました。

三枝 :「地球がみんなの庭だ」という感覚って、すごく大事ですよね。Yaeさんにとっては、そういう感覚って、すごく自然なものだったんですか?

Yae :そうですね。近くに、そういうふうに世界を見ている大人がいたので。いわゆる“親っぽい親”ではなかったですよね(笑)。

加藤 :Yaeにとっては、私は“親”というより、友達みたいな存在だったんじゃないかな。

Yae :でも、「これが常識」みたいに教え込まれたことは、一度もなかったです。逆に、社会に出てから一般常識とのギャップに悩んだことはありましたけど、こういう母みたいな大人が身近にいてくれて、本当によかったと思っています。

小さい頃の自然体験は身体が覚えている

三枝 :そうして今度は、Yaeさんがこの自然豊かな場所で子育てをされてきたわけですよね。実際、お子さんたちは、この環境をどんなふうに感じながら育っているんですか?

Yae  :子どもたちには「なんで学校がこんなに遠いの。歩いて行けないじゃん」って、よく言われていました(笑)。

加藤 :この間ね、ヒロ(Yaeさんのご主人)が、東京の大学に入学した次男と、入学式の日に一緒にご飯を食べたらしいの。その時に、「あらためて言うけど、申し訳なかった。大変だっただろう。自分の行きたい場所に自由に行けない環境に置いてしまって、ごめんな」って話したんだって。

三枝 :お子さんは、実のところ、どう感じていたんでしょう?

加藤 :「どこでも気軽に行けなかったのは嫌だった」って。「今は東京にいて、どこにでも行けてすごく嬉しい」って言っていたみたい。

Yae :私たちは、自然の中で子どもを育てたいという思いと同時に、子どもが地域の中で自由に動けて、まわりの大人たちとも自然につながっていけるような暮らしを求めて、ここへ来たところがあるんです。

うちの主人は東京の下町育ちで、歩いてどこへでも行けて、近所の人もみんな知り合いで、「醤油貸して」が普通にある世界だったんですよね。街を歩けば大人が声をかけてくれて、子どもにも自分の居場所があった。

でも、今の田舎暮らしは、自然は豊かにあっても、昔の下町や農村のようなつながりがそのままあるわけではない。だから、ここへ来ることを選んだのは私たちだけれど、子どもたちは自分で選んだわけではないんですよね。

加藤 :そうね。田舎も昔とはだいぶ違うのよね。昔はもっと人が多かったから、歩いて行ける場所にちゃんと分校があったし、車社会でもなかった。子どもたちは1時間かかってもみんな歩いて学校へ行っていたのよ。

三枝 :その道のりの中にも、いろんな出来事があったでしょうね。

Yae :私たちも、歩かせればよかったのかな。

加藤 :その子が自分で歩かなかっただけよ(笑)

Yae :そうなのよね。でも、大人はみんな車に乗っているから、子どもだけに「歩きなさい」とは言えなくて。

加藤 :結局、そこにも矛盾があるのよね。

Yae :たとえば、子どもがずっとケータイを見ていたら怒るじゃないですか。でも、自分も見ている。だから、「やめなさい」とはなかなか言えないんですよね。

三枝 :大人の側も、問われますね(笑)

Yae :でも逆に、ここに息子の友達が、歩いて遊びに来てくれて、サバイバルごっこみたいなことをよくしていました。裏の沼地へ行って魚を釣ってきて、「こんなの釣れたよ」って。そういう友達が結構いたんです。鴨川市街に移住してきた子も多かったけど、みんな「ここ、すごくいいね」って言うんですよ。だから、子どもたちなりに「いい場所なんだ」っていう感覚はあるんだと思います。

三枝 :とてもいいお話ですね。不便さも含めて、この場所で過ごした時間には、やはり特別なものがあったのかもしれませんね。

加藤 :こういう景色って、いつでもあると思うとだんだん見なくなるのよ。でも、まったく自然のない場所へ行った時に、「ああ、あの頃は森があったな」って、体はちゃんと覚えている。

だから、子どもの頃の景色や体験って、その時はわからなくても、あとになって感覚として残っているのよね。「こう育ったから、こういう人間になる」なんて、簡単には言えない。

Yae :さっき次男が帰ってきていたので、「農業、興味ないの?」って聞いてみたんです。今まで一切手伝ったことなんてなかったのに、「A little bit(ほんの少しある)」って言っていて(笑)。「ゼロじゃないんだ」って思いました。ただ、次男は私と似ていてあまのじゃくだから、「しなさい」って言うと絶対やらないんですけど。

三枝 :(笑)。でも、「ゼロじゃない」というのが、いいですね。小さい頃に自然の中で暮らした経験があると、一度離れてもまた戻ってくる気がするんですよね。

Yae :私もそんな気がします。「A little bit」っていう言葉を聞いて「小さい頃に身体で感じたものって、ちゃんと残っているんだな」って。だから、自分の子どもだけじゃなくて、いろんな子たちにここへ来てほしいっていう思いはすごくあります。

三枝 :子どもたちには、自然とニュートラルに付き合えるようになってほしいと心から思いますね。社会の中で生きていると、疲れてしまう時もある。そんな時に、ふらりと帰ってきてホッとできる場所があるといいなと思うんです。

なるべく自分の力で生きる、“農”のある暮らし

三枝 :自然の話を伺っていると結局、「どう生きるか」とか、「どういう社会を残したいか」という話にもつながっていく気がしていて。
戦争など不安定なことが多い今の時代だからこそ、登紀子さんの“平和”への思いについても、お聞きしたいです。

加藤 :まず、戦争がなくなるのが一番いいんだけど、人類って、一度も戦争をなくせたことがないでしょう。

戦争の原因のひとつはエネルギーの奪い合いだったりするんだけど、今の日本って、エネルギーも食料も、ほとんど外国に頼っているじゃないですか。それって、すごく危ういことだと思うんです。 この『鴨川自然王国』を作った理由のひとつにも、その思いがあるの。なるべく自分たちの力で生きていける場所を作りたいって。

もし戦争に巻き込まれたら、真っ先に立ち行かなくなってしまうでしょう。この間も家族と話していたんだけど、田舎暮らしって、ある程度はエネルギーや食べ物を自給できるんですよね。もちろん、農機具には軽油も必要だから、完全な自給は難しい。でも、自分たちで生きていく力を持つことには近づける。

以前、中村哲さん(アフガニスタンで医療と用水路建設に尽力されていた医師・支援活動家 2019年没)がおっしゃっていたんだけど、「ここに水が来れば、人は生きていける」って。実際に私もアフガニスタンで、乾いた土地に水が流れて、緑が戻っていく様子を目の当たりにしました。中村さんは、日本へ帰ってきた時「こんなに緑があるのに、どうしてこの国はそれを手放しているんだろう」って思ったそうです。

だから、日本って本当はまだやれる国なんですよ。でも、国の方針として、ここまで食料自給に舵を切れないのは怖い。自然がない国ならしょうがない。でも、日本はそうじゃないでしょう。

三枝 :考えさせられます。そこに豊かさがあるのに、活かしきれていないということですね。

加藤 :でも、そんな大きなことを急に変えるのは難しいから――私は「自分ご飯」って言っているんだけど、まずは自分でご飯を作ること。お米を買ってきて、自分で炊いて食べる。そういうところから、少しずつ感覚が変わっていくんですよね。すると自然に、“農”との距離も近くなっていく

うちの夫も、「セカンドハウスを田舎に持って、みんなが少しでも”農”に関わる社会になるべきだ」って言っていました。

三枝 :よくおっしゃっている「“農“のある暮らし」ですね。

加藤 :そう。「農業」って言うと重いから、“農”なんです。

私たちの世代は、戦後で何もなかったから、「自分たちで作らなきゃ生きられない」っていう感覚があったんです。
でも、高度経済成長を経て、社会はどんどん便利になっていったでしょう。今の子どもたちは、「もう全部そろっている世界」に生まれてくる。そうすると、自分の出番がないような気持ちになってしまうんですよね。

でも、そうじゃない。フジロックフェスティバルに出演した時にも言ったんだけど、
「世の中は完成しているから、自分は安心して従っていればいい」じゃなくて、「自分はどんな暮らしがしたい?」っていう問いを持ってほしい。そして、もし今の社会が気に入らなければ、自分で新しい形を作ればいいんです。

三枝 :“完成された世界に従う”んじゃなくて、自分で作っていける感覚を持つことが大事なんですね。

加藤 :親も、「こうするものよ」「こうしちゃダメ」って決めつけるんじゃなくて、「この子は、今までになかった何かを生み出すかもしれない」っていう余白を残しておいた方がいい。若い人には、白いキャンバスの前に立っていてほしいんです。

三枝 :環境問題も、エネルギーも、温暖化も、日本は東日本大震災の時に大きく暮らし方を見直す機会があった気がするんです。でも、時間が経つにつれて、社会全体がまた元の流れに戻っていったような感覚もあります。だからこそ、今の子どもたちが、いつかまた何かに気づいて立ち上がってくれたら、変わる可能性はありますよね。

Yae :以前、イベントで「どうやったら平和になると思いますか?」って聞いた時に、お客さまの中に「教育だ」って言った人がいたんです。広い意味で、子どもの頃に何を経験するかって、すごく大事だと思います。少年兵だって、純粋だからこそ洗脳されてしまうわけじゃないですか。

加藤 :“生きることって素晴らしい”って感じられる時間が必要なのよね。生きることに希望が持てなくなって投げやりになっていく時代って、戦争が起きやすいの。

Yae :正義感が強い子ほど、過激な方向へ行ってしまうこともあるしね。

加藤 ファシズムが始まる時って、理由のわからない暴力が増えるんですよ。動物がむやみに殺されたり、弱いものに暴力が向かったり。

三枝 :最近の事件を見ていると、今の社会の危うさを感じますね。他者の痛みや、小さな命の存在に対する感覚が鈍ってきているのでしょうか。

加藤 :五感のバランスが崩れているんでしょうね。そのアンバランスさが、精神的なストレスにもつながっている気がします。

三枝 :そういう感覚を取り戻せる自然王国のような場所が、身近にあることが大事なのかもしれませんね。たくさんの親子が五感をイキイキと育てられるような。

加藤 :そう。大きなひとつの国じゃなくて、こういう“小さい国”が、あちこちにいっぱいできればいいんと思うの。

音楽には、時空を超える力がある

三枝 :登紀子さんは長年、平和や環境について発信し続けてこられていますよね。今の登紀子さんは、どんな人との出会いや経験の中で形作られてきたのでしょう。

加藤 :特別なことをしてきた感覚はないですよ。普通に、いろいろな人と出会ってきただけなんです。

たとえば、枯葉剤で森がなくなってしまった場所にマングローブを植えようって、辻信一さん(環境運動を続ける文化人類学者)に呼ばれて、ベトナムに行ったことがあって。その植林の時に、地元の子どもたちもたくさん来ていたんですね。その中に、とても美しい少女がいて、一緒に木を植えていたの。

それで私、「あなた、大きくなったら何をやりたいの?」って、通訳の人を通して聞いてもらったんです。そしたら、その子がびっくりした顔をして、「ずっと木を植える人でいたい」って言ったの。すごいなと思って。
そういう出来事が、いくつもいくつも、自分の中に積み重なって残っているんです。

それは、特別な旅先での出会いだけではなくて、自分の子どもたちと過ごした日々の中にもあります。自分の子どもたちと一緒にいて、「今日も面白い話ができたね」とか。美味しいご飯を食べて、無事に1日が終わって、翌朝「今日もちゃんと眠れたね」って思ったりしたこととかね。

三枝 :その一つひとつの記憶が、歌の中にも流れているんですね。

加藤 :音楽には、時空を超える力があるのよ。自分が生きていなかった時代にも触れられる感覚がある。

今度の自分のコンサートに『ジーナの生きた100年』っていうタイトルをつけたんだけど、ジーナ(加藤さんがジブリ映画『紅の豚』で声を務めたキャラクター)は、私の中では1893年生まれの設定なの。そうすると、私とは50歳くらいしか離れていないんですよ。で、私の次の世代のYaeが今50歳。時代って、意外と地続きなんですよね。

Yae :そういえば前に、「歌に必要なのはメッセージじゃなくて事実だ」って言っていたよね。

加藤 :そう。事実そのものが、メッセージになるの。
「私はこう生きたい」とか、「戦争はいけない」とか、「優しくなりましょう」とか、メッセージだけが先に立っても人にはなかなか届かないんですよ。

それより、「こういうことがあったんだよ」っていう出来事が見える歌の方が、私は好きなんです。昔の歌謡曲なんかも、もちろん思いは込められているんだけど、そこに描いているのはエピソードなんですよね。

たとえば私の『時には昔の話を』という曲の中では、コーヒーを一杯飲んだり、道端で眠ったことだったり、下宿屋で朝まで騒いだりしたという歌詞があります。
そういう何気ない日々の手触り感が歌の中に流れていると、聞いた人それぞれが、自分の暮らしを重ねながら、自由に場面を想像できるでしょう。

三枝 :歌の中に具体的な事実や情景があるからこそ、聞き手の想像が広がるんですね。

Yae :今って、本当に情報化社会じゃないですか。もちろん報道は事実を伝えなきゃいけないんだけど、ただ情報を並べるだけじゃなくて、「なぜそれが起きたのか」とか、その背景にある意味みたいなものも、一緒に伝える必要があるんじゃないかなって思うんです。たとえば、「原発事故が起きました」という事実はニュースになる。でも、「本当に原発が必要だったのか」みたいなことまでは、なかなか伝わらない。

三枝 :出来事の奥にある、一人ひとりの暮らしや事情までは、なかなか見えてこないですね。

加藤 :私ね、歌にはしてないんだけど、原発事故のあとに、ある少女の作文が新聞に載ったことがあるの。
「私のお父さんは原発で働いていました」っていう書き出しでね。事故のあと、周りから「ひどい人たちだ」って言われて、お父さんがすごくかわいそうだったって。それで、おばあちゃんまで急に、「あんたたちのせいでこんなことになったんだ」って冷たくなった。

でも、その少女は書くんです。「東電の人と結婚したら一生安心だよってお母さんを結婚させたのは、おばあちゃんじゃないか」って。お父さんは、恥ずかしくて外にも出られなくなってしまった。そういうことが、本当に起きていたんですよね。

「原発事故」という四文字だけでは見えてこないけれど、その中には、原発の中で働いている人たちがいる。今もいる。線量計をつけて、ブザーが鳴るまで働く。でも、働けなくなると困るから、線量の数字を書き換えてしまう人もいたりする。クビになりたくなくて。

そういう細かい現実に触れると、「こんなことまで起きているのか」って、初めて実感が湧くんです。新聞も、政治家の演説も、「平和は大事です」と立派なことを言うでしょう。

でも私は、“メッセージだけ”っていう感じが苦手なの。きれいな言葉じゃなくて、本当に起きたことを知りたいんです。

三枝 :今日のお話を伺って、子どもたちに手渡したいものは、きれいな答えや正しいメッセージではなく、感じたことをそのまま受け止め、自分の感覚を信じられる時間なのだと、あらためて確信しました。

風が冷たいと感じること、泥を嫌だと思うこと、誰かの暮らしや痛みに触れて言葉を失うこと。そうした一つひとつの実感を、子どもたちは本来、とてもまっすぐに受け取っているのだと思います。自然の中で過ごすことも、土に触れることも、歌を聴くことも、何かを教えるためというより、子どもたちが自分の中にすでにある感覚を閉じずにいられるための時間なのですね。

&Eとしても、子どもたちが感じたことをそのまま受け止め、信じられるような体験創りを、これからも大切にしていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。

プロフィール

加藤 登紀子(Tokiko Kato) / シンガーソングライター

1943年ハルビン生まれ。1965年、東京大学在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。1966年「赤い風船」でレコード大賞新人賞、1969年「ひとり寝の子守唄」、1971年「知床旅情」ではミリオンセラーとなりレコード大賞歌唱賞受賞。以後、80枚以上のアルバムと多くのヒット曲を世に送り出す。

国内コンサートのみならず、1988年、90年N.Y.カーネギーホール公演をはじめ、世界各地でコンサートを行い1992年、芸術文化活動における功績に対してフランス政府からシュバリエ勲章を授けられた。近年は、FUJI ROCK FESTIVALに毎年出演し、世代やジャンルの垣根を超え観客を魅了し続けている。また年末恒例の日本酒を飲みながら歌う「ほろ酔いコンサート」は2022年に50年を迎え人気のコンサートとして定着している。

歌手活動以外では女優として映画『居酒屋兆治』(1983年)に高倉健の女房役として出演。宮崎駿監督のスタジオジブリ・アニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優として、マダム・ジーナ役を演じ、主題歌も担当した。

地球環境問題にも取り組み、1997年WWFジャパン顧問及びWWFパンダ大使就任。2000~2011年には環境省・UNEP国連環境計画親善大使に就任。アジア各地を訪れ、自らの目で見た自然環境の現状を広く伝え、音楽を通じた交流を重ねた。

2025年 加藤登紀子は歌手活動60周年を迎え記念アルバム「for peace」「明日への讃歌」をユニバーサルミュージックよりリリース。

私生活では1972年、学生運動で実刑判決を受け獄中にいた藤本敏夫と結婚し長女を出産。現在 子3人、孫7人。次女Yaeは歌手。
夫・藤本敏夫(2002年死去)が手掛けた千葉県「鴨川自然王国」を子供達と共に運営し農的くらしを推進している。

公式ホームページ:https://www.tokiko.com/

Yae / シンガーソングライター

東京生まれ。故藤本敏夫・歌手加藤登紀子の次女。

2001年ポニーキャニオンからアルバムCD「new Aeon」でデビュー。
存在感あふれる「声」で各地にファンの和を広げ、NHKみんなのうたや人気ゲームソフト、ウォルトディズニー生誕110周年記念作品ディズニー映画「くまのプーさん」の主題歌を歌唱。
Yaeの代表曲「名も知らぬ花のように」は、日本ユニセフ協会の東北大震災応援メッセージCM「ハッピーバースデイ3.11」、2015年TBSテレビ60周年企画ドラマ 松嶋菜々子主演「レッドクロス~女たちの赤紙」の挿入歌として起用され反響を得る。小田急ロマンスカーテレビCMのテーマソング「ロマンスをもう一度」(~2018.5)も注目される。

海外ではキューバ音楽祭、サンフランシスコでの世界平和音楽賞の授賞式などに参加。

2016年はデビュー15周年の記念アルバム「alive ~今ここに生きている~」をリリースし、全国24公演ツアーを開催。
2018年には母 加藤登紀子プロデュース「未来への詩(うた)」コンサートをスタートさせる。
2020年10月7日に20周年記念アルバム「On The Border」をソニー・ミュージックダイレクトよりリリース 。同年11月10日には、東京渋谷伝承ホールにて、20周年記念コンサートを開催。

現在は、三児の母となり、家族とともに自然豊かな里山「鴨川自然王国」で、農を取り入れたスローライフを送り、ラジオのパーソナリティも務めながら全国でライブ活動を行っている。

福島県飯館村「までい大使」(2011年1月~)、環境省「つなげよう、支えよう、森里川海プロジェクト」のアンバサダーとしてメッセージを発信するなど、国内外を問わず、社会貢献の支援イベント等へ積極的に参加している。

公式ホームページ:https://www.yaenet.com

information

◆ この鼎談中にも登場した、加藤登紀子さんのコンサートに18歳以下のお子さまをご招待いただけるとの、ありがたいお申し出を頂戴いたしました。同伴される大人も半額とのこと(子どもと同数人まで)。加藤登紀子さんの素敵な歌声にふれる貴重な機会です。ぜひご検討ください。詳細、お申込みは下記フォームよりお願いいたします。
【対象公演】 「加藤登紀子コンサート2026 明日への讃歌 ジーナの生きた100年」
日時:7月11日(土)開場14:45  開演15:30 終演18:00
会場:千葉県文化会館(千葉市)
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSezDHcQj634WgI—1-kq4mMBKqQqlJag8PgfIAjBDclbUz1g/viewform

 

◆ 鴨川自然王国では、年間を通じて”農のあるくらし” を体験できるイベントを開催しています。10月3日(土)に行われる「秋の大収穫祭」は音楽ライブやトークイベント、出店も色々あって、とても楽しいイベントです。詳しくは鴨川自然王国ホームページをご覧ください。 http://www.k-sizenohkoku.com/event.html

 

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