<対談>  村治 佳織さん

2022.01.12

<対談> 村治 佳織さん

クラシックギタリスト・村治佳織さん
潔く強い、その一途さに学ぶもの

*この対談は、2022年1月に公開されたものを再掲載しています

今回は、クラシックギタリストの村治佳織さんをお迎えしました。幼児音楽教育の第一人者である村治昇さんを父に持つ村治さんは「知らないうちに、いつの間にかギターを弾いていたんです」と言います。2歳の頃からギターをおもちゃ代わりにして育ち、15歳でのCDデビュー以来、スター演奏家として活動を続けていらっしゃいます。対談では、村治さんのギターに対する一途さ、一度やると決めたら弛まない潔く強い意思を、ひしひしと感じることが出来ました。そして何より、明るくポジティブな村治さんの言葉は勇気を与えてくれました。
今回の対談は、銀座・並木通りにある海外オーディオのセレクトショップSOUND CREATEさんで行われました。

Photo : Yoshihiro Miyagawa
Location : SOUND CREATE

村治佳織 Kaori Muraji

小学校5年生にして全国コンクールで史上最年少優勝、1992年中学2年生の時にはブローウェル国際ギターコンクール、東京国際ギターコンクールで最年少優勝。翌年15歳でデビューCD『エスプレッシーヴォ』をリリース。94年日本フィルハーモニー交響楽団と共演、協奏曲デビューを果たす。95年イタリア国立放送交響楽団の日本ツアーにソリストとして同行後、翌年にはイタリア本拠地トリノでの同楽団定期演奏会に招かれ、その模様がヨーロッパ全土に放送され好評を博す。99年には、『アランフエス協奏曲』の作曲者ホアキン・ロドリーゴの前で、マエストロの作品を演奏する機会を得る。 10代後半からのフランス留学帰国後、積極的なソロ活動を展開。ビクターエンタテインメントから CD『カヴァティーナ』など9タイトル、DVD『コントラステス』をリリース。国内活動はもとより、韓国では2000年の初リサイタル後も定期的に演奏活動を行い、中国やベトナムなどアジア諸国にも活動の場を広げ、NHK交響楽団ほか国内主要オーケストラ及び欧州のオーケストラとの共演を多数重ねている。2003年英国の名門クラシック・レーベル DECCAと日本人としては初の長期専属契約を結ぶ。移籍第一弾アルバム『トランスフォーメーション』は、第19回日本ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー〈洋楽〉を受賞。これまでに DECCAよりCD14枚、DVD2枚をリリース。2021年12月には7年振りのベストアルバム『ミュージック・ギフト・トゥ』をリリースした。2015年4月NHK- BSプレミアム『祈りと絆の島にて 村治佳織 長崎・五島の教会を行く』に出演。『ふしぎな岬の物語』(2014)でメインテーマ曲を演奏、吉永小百合主演映画『いのちの停車場』(2021)ではエンディング・テーマを作曲した。

三枝:村治さんとは三年ぶりにお会いするのでとても楽しみにしておりました。昨日のサントリーホールでのリサイタルは素晴らしいステージだったと聞いております。大舞台を終えられた後でお疲れとは思いますが、よろしくお願いいたします。

 

村治さん(以下敬称略):昨日はおかげさまで良いライブが出来ました。今日はその空気感でお話できるので良かったと思っております。
サヱグサさんが、この三年で大きな転換をされていたというのにはとても驚きました。大変なご決断だったと思いますが、お子さんたちの可能性を広げるための事業というのはとても楽しみです。

2021年12月12日サントリーホールにて(村治事務所提供)

 

三枝:そう言っていただけると嬉しいです。
まず初めに、村治さんがどんなお子さんだったのか、また、ギターの道に進んでいく覚悟を決めたきっかけが何かおありだったのか、というところからお伺いしたいと思います。

 

村治:社長は五代目でいらっしゃいますね。そういう意味で言いますと、私が音楽を生業にしているというのは二代目になります。私の話のまえに、まず父の話をさせていただきますね。初代である父・村治昇は、ギタリストとしてというよりも教育者としての活動を中心としており、来年、教授生活55年を迎えます。後に自分のギター教室を「早期才能教育教室」と命名したくらい、子どもの可能性ということにすごく魅力を感じていたようです。

 

三枝:55年ですか。すごいですね。おいくつになられるのですか?

 

村治:78歳になりますが今も現役です。最初は、大好きなギターの魅力を伝えたくて大人の方にレッスンするというところから始め、そこに中学生の方が通われるようになって、教える幅が広がっていったらしいのですが、今は、下は3歳半とか4歳からのお子さんを中心に教えています。父は30代半ばで結婚しすぐに私が生まれました。そうすると、それまでにギター教室で培ってきたことを目の前にいる娘にどう伝えていくか、ということに毎日向き合うようになっていったといいます。それは、教育者として「この子を絶対ギタリストにする」とかの使命感ではなく、自分が大好きなギターを共有したいという純粋な気持ちだったそうです。

子どもは親のやっていることに興味を持ちますよね。父がギターを弾くと私がハイハイをしてギターの方に近づく。そうすると「どうぞ」って触らせてくれたそうです。ギターは私にとっておもちゃでもあり、親子のコミュニケーションのひとつとして、すぐ側にありました。ですから、私が気づいた時には、ギターがすっかり生活の空間の中心でした。

 

三枝:そうすると、すっとその環境に馴染んでいた感じだったのですね。では、いわゆる「スパルタ教育」みたいなことは一切なく?ギターが当たり前に中心にある環境に反発したりということはなかったのでしょうか?

 

村治:そうですね。躾として、上達するためには何時間は練習しなければいけないとか、常に目標を立てるとか、そういう心の面を教えてくれましたけれど、手をあげる的な厳しさは全くなかったです。私の側に反発もなかったですね。それは、父と私の性格もあったのだと思います。私は好奇心旺盛な性格を持って生まれてきたので、与えられたものはなんでもやってみるという感じなんです。そこに、父のプレッシャーを与えないおおらかな教育方針という環境がよかったのだと思います。母も、学校の教師をしていたのですけれど、ギターに関しては全く口出しをせず父に任せていたので、追い込まれるということも無かったのです。

 

三枝:そうなのですか。変化が激しい今の時代、自分がやりたいことが見つからなくて困っているという話を、社会に出る手前の若い人や親御さんたちからよく聞くのですけれど、村治さんにはそういう迷いが無かったということなのですね?

 

村治:はい。私の場合は無かったです。いま考えるとそれが不思議だな、と思うのですけれど、そういうのを運命というのかなと。ある方に、「あなたは、お父さんを選んで生まれてきたのよ」って言われた時、素直に「あ、そうだろうな」と思えるほどに自然だったんです(笑)。

 

三枝:羨ましいです。

 

村治:父が私にしてくれたように、親子が好きなことを共有するということはすごく大事ですよね。自分が出来なかったことを、子どもに代わりにしてもらうという感覚ではなくて、何か自分が好きなことを、音楽に限らず、グルメでも本でもなんでも一緒に楽しむという感覚が子どもの可能性を広げることにも繋がるのではないでしょうか。

 

三枝:本当にそうかもしれませんね。お父様は、ご自分がギターを弾かれている時や生徒さんに教えていらっしゃる時、きっとすごく楽しそうだったのでしょうね。

 

村治:そうですね。いつも笑顔はありましたね。

三枝:実は、私自身の子育てのことを振り返ると、良かれと思っていろいろと取捨選択を押し付けてしまったことがあったのかなとすごく反省をしているんです。私が何かすごく楽しそうに、興味を持って向き合っていることがあったら、娘にも自然と良い影響を与えてあげられたのかもしれないなと。ちなみに、私の母は昔、ピアノの教師をしていたのですが、私たちには教えてくれませんでした。私も姉も一切楽器が弾けないんですよ(笑)。

 

村治:お母様は、子どもたちが自然と興味を持つのを待っていらしたのでしょうか?

 

三枝:そうなのかな?だとしたら失敗でしたね(笑)。

 

村治:もしかしたら、お母様は大変な思いをされて音楽家になられたのかもしれませんね。

 

三枝:小さい頃からのレッスンや藝大の受験、専攻の問題など大変だったようで、姉は「自分の子どもにも同じ道を行かせたい、とは思っていなかったのかもしれないわね」と言っています。

 

村治:でも三枝さんは、音楽を聴くのはお好きなんですよね?

 

三枝:はい、それは大好きですね。クラシックからK-POPまで幅広く何でも聴きます(笑)。思えば父も、いつもレコードをかけて大きなスピーカーで聴いている、音楽好きな人でしたね。

 

村治:三枝さんもちゃんと、お父様の音楽好きを受け継いでいらっしゃるじゃありませんか。親の「好き」は子どもに影響することの証明ですね。子どもというのは敏感です。自分たちの子どもの頃を思い返しても「まやかし」は効かなかったですよね。だからこそ、大人の方が、混じりっけのない純粋な気持ちで子どもに接するというのが大事かもしれません。

 

三枝:確かにそうですね。「好き」っていうことをちゃんと見せてあげることが、子どもの興味をひくのですね。子育てで難しいと思うのが、子どもって「嬉しい」とか「興味ある」とか積極的に言わない時もあります。親が見ていて「これは興味ないんだな」と判断したものが、後になって「あの時のあれは楽しかった」なんてことありますよね。経験談ですが(笑)。

 

村治:お嬢さまは大学生とのことですが、まだ遅くないですよ。今からでも何か好きなことを一緒に探されたらいいと思います。

私の父は、18歳くらいにギターと出会ったので音楽学校にも行っていませんが、とにかく「ギターが好き」ということが明確だったんですね。ビートルズの世代ではあるのですが、エレキ、ポップスには全く興味がなく、クラシックが好きだったみたいなのです。そこも徹底していて、家ではNHKFMのクラシック番組が朝から流れていたりしました。まず自分が好きなことを楽しんでいましたので、そこに私も自然と馴染んでいきました。

 

三枝:小学校の頃は、服でもTV番組でも音楽でもそうですが、クラスの流行りの影響を受ける時期ってありますよね。村治さんはそういう流行りには興味なかったのですか?

 

村治:それはちゃんと。小学生の時にはジャニーズも通りました(笑)。

 

三枝:ちゃんと通ったんですね(笑)。否定もされなかった?

 

村治:ええ。きちんと練習したら、父が新しく出たレコードを買ってくれたりもしましたので、それを目標に頑張るっていうこともありましたね(笑)。

 

三枝:何度も聞いてしまいますが(笑)、一度もやめると思われたことがないのですね。

 

村治:そうなんです。はじまりの記憶がないのです。だから終わるとか辞めるとかという考えがないまま。でもある日、選択肢として辞めることは出来るということに気づきました。20歳頃のアハ体験っていいますか(笑)。そこから続けるのは自分の意思になったんです。もちろん、私をギタリストとして認識してくださる方がいるおかげで、続けさせていただいているのですが。

 

三枝:それは謙虚すぎます。これまでの弛まぬ努力の積み重ねがあってこそですね。ご両親が与えてくださった環境が最高だったとはいえ、一筋にやってこられたというのは、本当に素晴らしいですね。

村治さんが育ったような家庭環境はそうめったにはありませんが、それでも、幼児期にどういう音とか音楽の体験をさせてあげると、お子さんの可能性を摘まないで伸ばしてあげられると思いますか?子ども服を販売していた時ですが、例えば、上質な麻やコットンの肌触りや風合い、洗練された色合いなどに小さな頃から触れていると、少し大きくなって流行りのファッションやスポーツウェアばかりを着たくなることがあっても、大人になった時にちゃんと戻ってくることが出来ますよと、お客様にお伝えしていました。それと似たようなことも音楽にはきっとありますね? 何事も幼児期の体験がすごく大事なのではと考えているのですが…。

 

村治:将来の感性のために幼い頃から本質を教えるということですね?「音楽」の世界にもそれはあると思います。善かれ悪しかれ、子どもの頃の環境から受ける影響は本当に大きいですよね。
私は子育てをしたことがないので、自分が体験してきたことを振り返って、良かったと思うことをお伝えしているのですが、父から受けてきたことをこうしてお話し出来るのは嬉しいですし、そういう年代になったのだなあと改めて思っているのですけれど…。

私の場合は毎日ギターを弾くというのが当たり前だった。そういう環境を父がつくってくれたんですね。父は、教室に通ってくださる4歳とか5歳とかの生徒さんにはまず、「毎日練習できますか?」と約束をするそうです。その約束ができたらお教室に入れる。もちろん親御さんにも協力してもらう。5分でも10分でもいいから、やると決めたら毎日コツコツやるということが大事なことのひとつ、そういう信念があるようです。

 

三枝:一度始めたら毎日…。

 

村治:でもそれは、苦にならない程度の時間、例えば、「毎日30分、学校に行く前に弾こう」と決めればちゃんと身についてくると思います。そしてその成果を一週間に一度のレッスンで確認する。そうやって行きますと、最初は能力の違いはあっても、10年続ければどんな子でもそれなりになると父は言っています。5、6歳の子であれば3回くらいのレッスンで、単旋律は弾けるようになるそうですから、子どもの吸収力はすごいですよね。私もそういう風に成長してきたと思うのですが全く覚えていません。でも最近、親友の子が父の教室に通ってくれることになってレッスンに立ち会っている中で、それを目撃することが出来たんです。赤ちゃんの頃から知っている子でしたので、感激もひとしおでした。

三枝:なるほど。コツコツと続けるということで養われるものも多いと思いますし、なにより音楽の楽しさを身につけられると感性もより豊かになるでしょうね。

 

村治:プロにならなくても、楽器を味方につけると人生が楽しめます。それは確実です。先ほど、お嬢様と何か一緒に始めてみたらと言いましたが、音楽のお稽古では仲間を見つけることが出来ます。日々の練習は自分で頑張るのだけれども、お教室でお友達から刺激を受けることができます。私も弟と重奏をしたりしました。音楽はひとりじゃない。分かち合える楽しさというのが音楽にはあります。出来れば小さな頃に、その楽しさを知っておくと良いと思います。

 

三枝:娘と一緒に楽しめること、何か考えてみようかな。
「音楽」というものの手前に「音」があると思うのですが、例えば、森の中の枝葉の音、川のせせらぎとか、そういう「音」の重要性はどのようにお考えですか?例えば、幼少期に大自然の中にいて風や木々の音に耳を澄ますという体験は、その後、音楽に興味を持つとか、そういうことに繋がっていくような良き体験となるでしょうか?

 

村治:それはもちろん、感受性、感度が良くなるでしょう。私は東京育ちですが、夏休みに母の故郷に行くと、子どもながらに都会とは違う田舎の音や色に憧れを感じていました。今でもリラックスしたい時は海でも山でも自然を選びます。

音楽を勉強していく中で、有名な作曲家にはアトリエが自然の中にあったとか、自然を愛していた方が多いので、やっぱり、自然からインスピレーションを受けるのだな、それでこの美しい曲が生まれるのだなというのがわかりました。やはり、自然の中で感性を磨く体験はそういう意味でも大事だと思います。もともとは自然があって、人間のさまざまな営みが生まれたわけですから。

 

三枝:レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』には、自然の中で触れる音や色、匂い、形などに培われた感性は、かけがえのない財産となる。そして自然を戻れる場所にできた人は強くしなやかに生きることが出来る。というようなことが書いてあります。
村治さんの、かなり幼い頃からギターの道に進むという人生の方向性が自然と決まっていたという環境については、羨ましいと思われる方も多いでしょう。でも、15歳の頃からプロとして第一線で活躍し続けられるというのは、本当に大変な事だと思います。その中でのご苦労とかしんどい時にも、やはりどこかで自然に癒されることで乗り越えられてきたという体験はおありでしょうか?

 

村治:そうですね。今、お話を聞いていて思い出したのですが、高校に入る前とか高校三年生くらいまでは、皆、だれでも思春期で、自分の居場所はどこだろうとか、特にいじめとかがなかったとしても、自己の確立に揺れ動いたりする時期がありますよね。私は、生まれ育ったのが墨田区で近くには隅田川があったので、たまに一人で行って、川の水面を眺めて癒されていましたね。そういうのも自然ですよね。都会の中で見つけようとすると公園だったり川だったり。今でも、近場でいいので、自然を感じられる空気に触れたいと思う時はあります。今のように小旅行も行かれない時は、等々力渓谷や明治神宮の杜へ行きます。都内であれほどの豊かな自然にふれられる場所は本当に贅沢ですよね。

三枝:明治神宮の杜は、人工とはいえ造営から100年が経ち、本物の森になっていますね。以前、村治さんが五島列島を旅された番組(*)を拝見したことがあるのですが、あの旅先を選ばれたのもやはり自然を求めて? *NHK- BSプレミアム『祈りと絆の島にて 村治佳織 長崎・五島の教会を行く』(2015年4月)

 

村治:そうですね。五島は豊かな自然に囲まれた島です。キリシタン迫害の悲しい歴史を持った場所でもありますが、キリスト教があれほどまでに根付いたのは、豊かな自然や美しい海の先に神の世界が繋がっていると信じることが出来たからなのではないかなと思いました。

 

三枝:あの番組をみて、「ああ、村治さんも曲を作るときのインスピレーションを自然から得ているのだなあ」と思っていました。あの時、地元のお子さんたちにギターを教えていらっしゃいましたね。彼らにとって、あの時のギターの音、音楽への記憶が、きっと人生にも影響を与えるほどのかけがいのない体験になったのではないかなと思います。

以前、ある演奏家の方にお願いして、サヱグサの顧客のお子さまのための小さな演奏会を、店舗の中で行ったことがあるのですが、その時の事を思い出しました。15名くらいの子どもたちのためだけに演奏をしていただいたのですが、その時の、子どもたちの高揚した顔、くいつくようにして聴き入っていた姿が忘れられません。目の前で感じる生の楽器の音、演奏者の気迫、すべてが彼らの記憶に確実に残っただろうと、見ていて確信出来るほどでした。私が幼い頃、母に連れられて聴いたコンサートの記憶が全くないのとは正反対です。私は爆睡していたそうです(笑)。

 

村治:寝てしまうというのも、それはそれで演奏が心地よかったということですよね。私も子どもの頃は、名ギタリストの演奏会で眠ってしまうこともありましたよ(笑)。

 

三枝:大きなホールでの経験ももちろん素晴らしいのですが、やはり幼い子どもにとっては、先ほどお話したような演奏の振動が全て伝わってくるような距離感が何よりの体験になるのだろうと思います。ですから、新事業ではそういう体験も用意できたらと思っています。

 

村治:そうですね。そういう体験はとても良いと思います。
五島でのワークショップでも、限られた時間で多くの刺激を感じてもらいたいと思っていました。ギターの演奏を初めて聴くというお子さんもいたのですが、子どもだからといってわかりやすい曲のみを弾くのではなく、コンサートでも演奏するような曲も演奏しました。その方が喜んでくれるかなと思って。そのあと、触れ合いコーナーということで、何人かの子たちにギターを実際に触ってもらい、聴くと弾く、両方の経験してもらいました。弾く体験が出来なかった子も、お友達が弾いている光景を見て記憶に残ったと思います。

 

三枝:今はYouTubeなどでも気軽に音楽体験ができますが、やはり「本物」にまさる体験はありませんね。サヱグサを通じて幼児期に触れた「音」や「音楽」の体験が、その子の成長にプラスになるような原体験をさせてあげたいと考えていますが、お話を伺っていると、その想いを貫いても良さそうだと安心しました。

村治:もちろんです。ぜひ貫いてください。
人は、音楽を「耳」で聴いているだけじゃなくて、「皮膚」でも聴いているのではないかなと思うんです。空間に鳴り響いている「生の音」というのは、全身で感じることができます。その分、記憶にも深く残ることが出来ると思います。学校でもなく塾でもない「本物の良さ」を原点とされているサヱグサさんという、独特のポジションだからこそ出来ることも多いと思いますし、説得力もあると思いますよ。

 

三枝:ありがとうございます。「本物」というのは抽象的な言葉でもありますが、「本物」というキーワードはこれからもずっと大切にしていきたいです。

 

村治:「音」というのは振動だと思うのです。「言葉」も振動なのですが、でも、「言葉」で何かを伝えようと思ったらセンテンスが必要です。しかも、感動させたい場合にはその組み立て方も重要になり、その長いセンテンスを聞いて理解しなければなりません。でも「音」は、良い波動が出ていれば、たった一音でも人を感動させることが出来ます。一音でも感動できるのですから、それが連なりとなる「音楽」は最高ですよね。さざなみのように心地よさがやってくるということになりますよね。
子どもの時にそういう「音の本物体験」が出来たら、「言葉」とは違うコミュニケーションが人間にはあるのだということを理解している大人になれますよね。

 

三枝:なるほど。その通りかもしれませんね。
この先、何か目標とされていることはおありですか?

 

村治:父の教育は「目標をたてて一生懸命生きていくのが良い」というもので、それを徹底的に教えてくれました。それは全く否定しないのですけれども、数年前から私は、「なりゆき」という言葉が大好きなのです。これは決してネガティブなものではなく、成り行きに流れて、何かが来た時に受け止めるお皿を大きくしておきたいなと。ですから「今を大事にする」というのが今の目標でしょうか。

それから、「何をやるか」も大事ですけれど、「誰とやるか」が一番大事ですよね。「誰か」が良ければ、やりたいことが自然と立ち上ってきたりするので、人の環境づくりをしたいですね。子どもも同じだと思うので、そういう良い環境を親御さんや、サヱグサさんがつくってあげて欲しいです。

 

三枝:「誰とやるか」は本当に大事ですね。
この二年で人生観が変わったとおっしゃる方が多いですが、村治さんのスタンスは何か変化がありましたか?

 

村治:人生観やスタンスはコロナ前から変わっていません。というのも、「ある日突然日常が変わる」ということをそれ以前に体験していたからだと思います。30代に大病をしてお休みせざるを得ない時期があったのですが、それまで一生懸命にやっていましたので、そういう時にも前向きになれました。辛い時にもポジティブでいると手を差し伸べてくださる方が現れ、自暴自棄にならずにすみました。それ以来、本当に豊かな時間を過ごさせていただいていると思います。その時の経験が役に立って、コロナ禍でも必要以上に落ち込むことはなかったです。

三枝:村治さんはご自身を「スーパーポジティブ」と表現されています。今のお話はそこに繋がりますね。

 

村治:ええ(笑)。でも始めからそうだったわけではないのですよ。子どもの頃は人目を気にしたりとか、お友達との関係性に悩んだりとか。でも明るい人やポジティブな人をみて「いいな。あんな風になりたいな」と思いました。そう思えるということは、自分にも可能性があると考えて、一ミリずつ自分を変えてきました。

 

三枝:少しづつ。努めてそうされてきて、負の感情を支配出来るようになったのですね。

 

村治:人の心はどんどん変化しますから、今出来ているからといって一生そうだということにはなりません。それは続けていかないと。ポジティブ人間を続ける努力をしていると、良い場にも出会えるし、良い人も集まってきます

 

三枝:素晴らしいですね。その良い出会いにサヱグサを加えていただけたら嬉しいです(笑)。村治さんの潔く強い、その一途さを見習ってみたいと思います。今日はありがとうございました。

◎村治佳織さん 最新リーリースCDのご紹介

癒しとエールに満ちた「音楽の贈り物」。名曲満載のベスト・アルバム
ミュージック・ギフト・トゥ [通常盤](ユニバーサル ミュージック)

●日本を代表するクラシック・ギタリストの一人、村治佳織の7年振りのベスト・アルバム。
●近年公演でよく弾くレパートリーを中心に、ポピュラー楽曲、映画音楽やクラシックの名曲など人気レパートリーを村治佳織本人が選曲しました。コロナ禍を耐え忍んでいる全ての人に、音楽で癒しやエールを送りたいという気持ちを込めて選曲された楽曲は、ジャンルを超えて愛される珠玉の名曲ぞろいです。また、アルバム・タイトルにも、村治佳織のそんな気持ちが込められています。
●このベスト・アルバムのために新録音したミュージカル《キャッツ》の「メモリー」を特別収録。この新録音「メモリー」は信頼する共演パートナーでもあるギタリストの実弟、村治奏一のディレクションで収録されました。(ユニバーサル ミュージック ジャパンHPより)