<対談> 加藤 峰子さん

2021.08.01

<対談> 加藤 峰子さん

シェフパティシエ・加藤峰子さんと語る
次世代と創る新しいラグジュアリー

*この対談は、2021年8月に公開されたものを再掲載しています

パティシエの加藤峰子さんは、一度は『VOGUE』の編集という職に就きながら、憧れだったパティシエへの道を独学と持ち前の行動力で切り開き、イタリアの数々の名店のペストリーシェフを務めてきたという経歴の持ち主。繊細かつ大胆で独創性あふれるデザートを通じて日本の未来を真っ直ぐ見据える、加藤さんの想いをお聞きしました。
今回の対談は、加藤さんがシェフパティシエとして腕をふるうイノベーティブイタリアン「FARO」にて行われました。

Photo : Yoshihiro Miyagawa

加藤峰子(かとうみねこ)

東京都生まれ。小学校卒業後に日本を離れ、中学時代はイギリス、高校時代からイタリアで過ごす。大学卒業後、ヴォーグ・イタリアを経て、製菓の世界へ。ミラノのケーキショップを皮切りに、「ブルガリ・ホテルズ&リゾーツ」「イル・イオーゴ・ディ・アイモ・エ・ナディア」「アルマーニ・ノブ・ミラノ」「オステリア・フランチェスカーナ」「エノテカ・ピンキオーリ」など名店で経験を積む。2018年に帰国し「FARO」のシェフパティシエに就任した。芸術に造詣が深く、香りの研究や、西洋薬草学にも精通している。

三枝私が加藤さんのファンになったきっかけは、オープンしてすぐの頃、白いグラデーションをまとったお米のデザートをいただいてものすごく感動したことでした。それから何年か経ち、このような形でお話ができることが本当に嬉しくて、今日は楽しみにしてきました。

 

加藤さん(以下敬称略): いえ、こちらこそ、素晴らしいご縁をありがとうございます!
最近は、自分が今考えていることを理解してくださる同志のような方たちと、いろいろな形で関わる機会が増えて、ほんとうに有難いと思っています。

 

三枝:このようなご縁が、この銀座の中で出来たことが何より嬉しいです。

さて、加藤さんの、日本社会においては個性的といえる生き方、これまでの人生の中でご自分らしく選択されてきたモノやコトは、子どもたちのための良い参考のひとつになるのではと感じています。幼少期から海外でずっと過ごされてきて、紆余曲折あってパティシエという天職に出会われた。そして、日本の未来や次世代を常に見据えていらっしゃる。今の加藤さんがどのようにして出来上がってきたのか、少しお聞かせくださいますか?

<米の未来>アイスクリーム、ムース、ギモーブ、パフなどなど…真っ白づくし。加藤さんが愛してやまない生産者「なかほら牧場」の牛乳とお米でつくられる、どこまでも優しいデザート「米の未来」。薔薇のように香り高い、高知県産オーガニックのライチが隠れています。

加藤:私は海外で教育を受けたので、日本の学校よりは自由に育ったという実感、自覚はあります。制服はなかったですし、意見を自由に言える環境でのびのび育ちました。大学では情報コミュニケーションを専攻し、企業に就職しました。実は頭の中にはずっと、この仕事がしたいというのはありましたが、趣味で続ける以外の選択はないだろうと、その時は固定観念で自分を押さえ込み、道を狭めてしまっていました。でもある日とうとう我慢できなくなって、この世界に飛び込みました。独学で作ったお菓子とパッケージでプレゼンテーションして、ミラノのお菓子屋さんに「雇ってほしい」と直談判したんです。

 

三枝:海外でとはいえ、大学を出て企業に勤めるという選択を一度はされた。でもその後、ご自分の気持ちに正直に、劇的な選択をされたわけですね。今日は詳しくはお聞きできませんが、それはもうものすごいバイタリティーで、いろいろな名だたるお店をノックしてこの道を切り開いて来られたという記事を拝見しました。そのパワーは、どういうところからきていたのでしょう?

 

加藤:イタリアでは、自分で切り開いていく道の方が多いと思います。イギリスでもイタリアでも、中学生くらいのときから議論をする授業がありましたし、試験も、日本のような答えを選ぶ筆記ではなくて、先生と一対一で議題に対して意見を言うというものだったので、自分の考えを形にするということに慣れていたかもしれないですね。言いたいことを言う、やりたいこと、成し遂げたいことを実現する計画性が身に付いているのだと思います。それは教育の違いですね。日本では枠から外れたところでの教育が難しいのではないでしょうか。

 

三枝:それは、教育における日本と海外の大きな違いですね。確かに、日本の教育は枠を作ってしまいがちかもしれません。
ご自分の中にあってどんどん大きくなっていったというその夢は、どのようにして芽生えたものだったのでしょう?

 

加藤:それはやはり、両親や冒険家だった祖父の影響だと思います。ヨーロッパ文化や日本文化を尊び、食事に手間をかけ大切にしていた美食家揃いの家庭でした。

実は、小さい頃は、自分の置かれた環境が少し辛く感じたこともありました。常に新しい環境に自分を投じなければいけない。小さな頃には、ゴルゴンゾーラもオリーブも嫌いでした(笑)。でも、今となっては、本当に沢山の経験をさせてもらえたと、心から感謝しています。私ほど世界中の食材を知っている人はいないのではと思うくらい、小さい頃から世界中のいろいろな食材を知る機会を与えてくれました。

三枝:やはりそういう環境で育ってこられたことが、大きく影響しているのですね。

食は、人間の身体を構成する非常に重要な要素だと思うのですが、今の社会環境の中では、家庭内の食がどこか疎かになってしまいがちということもあるかと思います。冷凍食品の技術も上がり、ファストフードやデリバリーなど便利にもなりました。こういった状況を文化的な視点でみると何か思うところがおありですか?

 

加藤:食の文化の歴史を見ると、昔から、人と食を共有することは自分と相手との間に良好な関係性をつくることです。原始時代でも、ローマ時代でも、戦国時代でも、食を共にすることは敵ではないことを認め合う行為なのですね。家族というのは、人生の中で唯一無二の価値、本当に大切にするべき価値だと思っています。仕事も他のことも、それ以上のものでは無い。人生の終わりに思い描くことは、大切な人に何を与え、何を受け取ったのかということだけだと思うのです。それを認識して食事をするというのが非常に重要なのではないでしょうか。

三枝:子どもたちが成長していくときに、家族や大切な人と囲む食卓の大切さを感じて育っていったら、幸せ指数も上げられると思います。食事をいただく行為そのものが幸せという気づきが大切ですね。

 

加藤「美味しい」という感情は「愛しい」に似ているのです。生理現象ではない。生理的現象である空腹を満たすだけの食事は「美味しい」ではないと思うのです。「美味しい」の中にはいろんな意味が含まれています。「美味しい」とは味わうことで、味わうこととは自分の中のものに気づくこと、自分を気遣うこと。そうすると感動するものが生まれたりします。楽しさや好奇心が食で触発される体験を得たら、その人の人生は少し幸せなものになると思います。

 

三枝:そうですね。今の時代、コンビニにいけば空腹は満たされる。でもそれだけでは、幸せ指数をあげることには繋がらないです。子どもたちがそういう気づきを得るにはどういう場を創ってあげると良いのか、ということを私たちはいつも考えています。

 

加藤:そういう意味では、サヱグサさんが行ってこられた里山の取り組みはとても意味があると思っています。里山の中には、日本人がどうやって過ごしてきたか、どういう未来をつくりたかったかというのが、結構、理想的な状態でまとまっています。そこで食材がどういう風に生まれるのか、食材がどういう気持ちでつくられてきたのか、それが食事になるまでどういう工程があるのかなどを認識した上で、素晴らしい状況で分かち合う。そういったことが、毎日の幸福につながるのではと思います。子どもの時の体験はすごく大切ですからね。

 

三枝:教科書で社会や理科を教えるのとは違って、「ここではこう考えなさい」というのでなくて、子どもたちが自主的にそれを感じる場作りをしなければなりません。その中で、食は子どもたちの未来にとって非常に重要なテーマだと思っています。

ところで、この綺麗な花のタルトは里山がテーマとお聞きしました。

何十種類もの花やハーブが使われたスペシャリテ「花のタルト」。日本薄荷、大和当帰、撫子、すみれ、山椒、ういきょうなどの日本の花やハーブも使われています。蜂蜜の穏やかな甘さとともに口いっぱいに広がる豊かな里山の薫りにうっとり。

加藤:はい。はじめは、アマーロという食後酒のように、食後にいただくとすっきりとするようなプティフールを作りたいと思ってハーブを探していたんです。ある里山を訪れた時、春の山の風景があまりに素晴らしかった。その風景をそのままいただけたらということで、地元の方にご協力いただいて野生の花や薬草などを仕入れることになりました。

召し上がっていただくとわかると思いますが、このデザートは香りの要素が強いです。人間の脳はコンピューターのように、今まで経験してきた全ての香りを記憶しているといいます。香りは人の記憶の扉をひらき感動を与えてくれます。私は、このデザートに、里山の風景と香り、そして、「50年後にはこの美しい里山の風景は無くなってしまうかもしれない」というメッセージを込めました。和と洋のハーブを融合させ、そして、私が大好きな「なかほら牧場」で育った幸せな牛のミルクから毎朝手作りするマスカルポーネ、近年減少してしまっている日本蜜蜂の蜂蜜を使っています。日本人として大切にしたいモノ、未来に遺したいモノがつまっています。

 

三枝:この小さなデザートは、本当に華やかで美しいです。でもいわゆるインスタ映えの美しさではない。美しい里山の風景やさまざまな要素がぎゅっと凝縮されている。そして、その向こう側に加藤さんの想いがちゃんとある。それが伝わってくるからこそ、真の意味で美しくて美味しいのでしょう。

私たちもそうありたいと思います。その本質のところの大切なところを、子どもたちにどうやって伝えるのかという課題に向き合っていきたい。今のデジタルの世界でも、見た目のカッコ良さやサプライズ感の向こう側にしっかりとした本質がないと伝わらないということがわかってきましたよね。

 

加藤:本当にそうですね。デジタルネイティブとも呼ばれるZ世代の人たちは、ぬくもりや愛情、懐かしさを感じるもの、例えばフィルムの写真だとか、自分たちが生まれるずっと前の昔のものを、価値のあるものとして再発見しています。彼らの何が素晴らしいかというと、「今まではこうであったから、こうでなければいけない」という前例や慣習への固定観念がない。価値は自分の目で見定めるのものという聡明さがあります。そこが素晴らしいと思うのです。

 

三枝:価値のものさしを他人に委ねない。おっしゃる通りですね。

 

加藤:情報があふれた世界に生まれてきたからこそ、自分の興味・関心に必要な情報を自分で取捨選択できるのが彼らです。消費者として何を選択すればいいのかが大人より理解できている気がします。

 

三枝:この先、彼らが消費主体者になった時にこそ、正しい消費が広がるかもしれないですね。楽しみですね。

加藤:最近、FAROは20代から30代前半のお客様が増えてきました。銀座の中でも高級とされているこのお店に若い方が通ってくださることに驚きますが、なによりも嬉しいです。

 

三枝:それはもう、次の世を担う若者に、加藤さんたちが発しているメッセージが正しく届いているという証拠ですね。ここでのお食事は、おしゃれだとか、背伸びだとかそういう事だけではなくて、彼らにとって真の価値ある体験なのでしょう。ハッとした気づきを与えてくれる、今の時代の感性に合ったクリエーションを提供されているからでしょうね。

 

加藤:やはり、ヴィーガンという、環境や健康に配慮した料理をお出ししていることが彼らを引きつけてくれているのでしょう。プラントベースの食というのは、持続可能性が豊かです。完全にシフトすることはなくても、これらは確実に増えていくと思います。それは、環境や自分のインナービューティに対して胸を張って生きていきたいという今の若者たちに響く価値だと思うのです。

まずは、サステナブルな料理が美味しくて心地が良いということを経験してみて、そこから環境に向き合うことを始めてもいいのではないでしょうか。

 

三枝:そういう入り口があってもいいですね。
ここで少し「銀座」という街の話をさせてください。私は今、銀座の街が3回目の焼け野原になったと思っています。と、いうのは、1回目は関東大震災、2回目は第二次世界大戦、その度に新旧が入り混じって街を立て直し活性化してきましたが、今回のコロナ禍で文化的な焼け野原になってしまいました。これまで銀座の文化を支えていたのは、表通りのラグジュアリーなプレミアムブランドだけではなくて、実は一個一個の小さなお店の集合体です。そのひとつひとつに文化と個性があって「銀座」を創ってきましたが、コロナ禍で壊滅的な状況になってしまいました。それを、どういう風に再建するのか、どうやって銀座の新しい魅力を創っていくのかということが、これからどんどん議論されていくことになってきます。

 

加藤:3回目の焼け野原ですか、なるほど。参考になるか分かりませんが、私は、これからは「ラグジュアリー」の定義が変わってくるのではと感じています。旧価値観では、豪華絢爛、必要な限度をこえて物事にお金や物を使う、消費のラグジュアリーでしたが、今の時代、責任ある消費者やインフルエンサーたちは、環境や自分の体、つまりインナービューティーに対しての意識がとても高い。ですから、FAROでは新しいラグジュアリーを提案しているのです。

 

三枝:おっしゃる通りで、ニューヨーク在住のミレニアル世代の文筆家・塩谷舞さんが著書に「五感の拡張こそが、これからのラグジュアリー」と書かれているのを読んで共感したばかりなんです。

典型的な消費ラグジュアリーの街だった銀座が、また新しい街づくりを目指して行かなければならない。その時のキーポイントがラグジュアリー概念のシフトなのでしょう。そうして時代の本質を突いていかないといけません。私は、銀座が培ってきた歴史の上に、ちゃんとサステナビリティを包括した新しいラグジュアリーの展開ができるはずだと思っています。例えば、銀座は、夜の華やかなネオンの街という一面も持っています。そのネオンが全てグリーン電力で輝いていたら、すこし素敵だと思いませんか?もちろん使い過ぎは本末転倒ですけれどね(笑)。

とにかく、今が、大きな変化を起こさなければならない時なのだろうと感じています。

加藤:素敵ですね。確かにそう思います。今のままでは、次の世代に残すものが貧しいものばかりになってしまいます。だから、その遺産をもう少し豊かなものにしたい場合、循環が出来るようにしないといけませんよね。

大きな変化を起こさなければならないというのは、日本の産業についても言えるでしょう。例えば、地方の方にグランドデザインが向いていたりとか、このコロナ禍でいろんなことが分かってきました。古くからのものも近代的にアップデート出来れば、良い方向に続いていくことが出来るのではないでしょうか。

 

三枝:最後に、これから加藤さんが食を通してチャレンジしたいこと、目指したいことは何でしょう?

 

加藤:日本の食文化と西洋の食文化を融合させアップデートしたいと思っています。また、食育や環境活動についても、自分なりの方法でこれからも取り組み続けたいなと思います。

 

三枝:幸せな食のクリエーション、応援しています!私たちの取り組みもそうですが、個々で出来ることは小さくても、まとまれば大きな力になります。加藤さんとのご縁を、子どもたちの未来のために活かしていけるといいなと思っています。これからが楽しみになるような素敵な出会いに本当に感謝しています。

 

加藤:私もです。悲惨な状況をたくさん生み出してしまったコロナ禍ですが、一度モノやコトを削ぎ落として前に進むチャンスの時でもあります。だから、いま希望もたくさん生まれていると思うのです。

 

三枝:おっしゃる通りですね。そういうことも考えさせられた一年半でしたね。これからは、コロナ禍以前の世界に戻すというベクトルもあると思いますが、加藤さんとはより良い未来のために変わっていくベクトルの方でのチャレンジをぜひご一緒に。子どもたちに本当の食の楽しさや大切さを伝えるためのセッションを実現させたいですね。今日は本当にありがとうございました。

 

加藤:芯を持ちながら進化していくということが重要ですよね。私もぜひ、サヱグサさんとご一緒させていただきたいと思います。こちらそこありがとうございました。

◎ FARO

能田耕太郎シェフをはじめスタッフそれぞれが日本全国津々浦々をめぐり、生産者と話しながら見つけた食材たちを通して知られざる日本の魅力を再編集して伝えるという想いを持った、進化を続ける銀座のイノベーティブイタリアンです。

東京都中央区銀座8-8-3
東京銀座資生堂ビル10階
☎ 03-3572-3911
12:00~13:30LO、18:00~20:30LO
日曜、月曜、祝日、
夏季(8月中旬)、年末年始休
各線新橋駅より徒歩5分
https://faro.shiseido.co.jp/
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