2018.08.23
<コラム> 幅 允孝さん
*このコラムは、2018年8月に公開されたものを再掲載しています
本から広がる、まだ見たことのない景色 感性の翼をひろげよう。
子どもたちが成長するためのきっかけは、いろいろな場面に隠されている。人や場所との出会いや、服との出会い、そして物語や知識との出会いもまたひとつ。「本」という装置を使って、まだ見たことも考えたこともない旅に出かけてみよう。
さまざまな場所にライブラリーや本屋さんをつくる仕事を続けてきた実感ですが、絵本を手に取る子どもたちは増えていると思います。両親は望みます。自身が読んだ本を子どもにも伝えたい。子供の情操教育に本を使いたい。そこには色んなモチベーションがあると思いますが、(出版産業の厳しいニュースとは裏腹に)絵本をコミュニケーションの媒介にした読者会や読み聞かせ、ワークショップなどはさまざまな場所で行われるようになってきました。
では、インターネットを中心とした外部記憶が充実している昨今、なぜ本を手に取るのか? お父さん、お母さんもその辺りに関して自覚的であるべきだと思います。まず紙の本の場合、書き直しができないという大きな特徴が挙げられます。デジタルテキストが常に書き直せるのとは逆に、紙の本は書き直しができません。だから、何度も推敲された文章に触れることができます。よく練られた言葉は奇妙な怨念(?)や強い想いをまといますし、だからこそ子どもの繊細な心のひだに染み込む浸透率が高い気すらします。また、本棚など身近な場所に本を置いておくことで、いつでも思いだすきっかけが得られます。
かつて必死で撮ったデジタル写真のアーカイブを見返すことがあまりないことを思い出してください。一方、常に本が視界に入っていることは(人がこの体を引きずって生きてゆく以上)、大事なことだと思えます。つまり、本がいつも傍にあるという気持ちを抱ければ、安心して本のことを忘れることができるというわけです。そういう意味では、家に本棚があるというのは、とても豊かなことになってくるでしょう。大きなものでなくても構いません。子どもたちの根幹をつくった本たちが、いつも彼らの成長を見守っているという環境を整えてみては如何でしょうか?
また本はいくつになっても読み返すことができます。子どもの頃の洋服を大人になって着ることはできませんが、本ならいつでも再生可能です。しかも、同じ本であっても二度と同じように読むことができないのも愉快な点です。娘が成長し、母になって再読すると、感情移入する人物やポイントも少しずつ変わっていくことでしょう。
もうひとつ、インターネットで調べる情報と本の差異にも触れておきましょう。インターネットというのは程度の差こそあれ、誰でも到達できる情報の収集法です。その公平さがネットの魅力なのですが、一方、調べた上で作りあげるものがどれも似通ってきてしまいます。他方、本は人の内側に深く刺さる可能性をはらんでいます。一人一人の個を生かした発想の源には、能率よく検索する力より、自身の内側に根を張った(ある意味で)偏った情報や強く「好きだ」と思える事象が大切になってくるのではないでしょうか?
さて、そんな時代における子どもたちと本の付き合い方ですが、絵本を導入にして童話や児童文学へ登るのがとても難しくなっています。これだけ世の中が視覚至上主義になれば、没入に時間がかかる「読み物」に壁を感じるのは当然です。そんな時期にどうしたらいいのか? 当たり前のことですが僕は「慣れ」しかないと思います。テキストをずっと読んでいると、ある日急に頭の中に鮮やかなシーンが浮かぶ時がやってきます。言葉が子どもたちの脳内で像を結ぶ瞬間です。そこまで登頂できれば、その後の人生で読書を苦痛ではなく歓びと捉えることができるはずです。
映画やアニメの原作、ずっと読み継がれているクラシックスなど、子どもたちが受け入れ易いテキストからスタートするのはどうでしょうか? そして、本に向かい合っている「時間」が何より大切だと思います。家族全員で読書の時間を1時間程つくるのもよいと思います。親が愉しそうに読んでいると、子どもたちも自然とそれに向かうはずです。ご両親が本を読まないのに、子どもたちには「読みなさい!」と伝えるほど説得力に欠けることはないと思います。焦らず、騒がず、じっくりと本との付き合いを続けていってください。
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。未知らぬ本を手にしてもらう機会をつくろうと、本屋と異業種を結びつける売場やライブラリーを制作。最近の仕事として「ISETAN The Japan Store Kuala Lumpur」書籍フロア、「Japan House São Paolo」など。その活動範囲は本の居場所と共に多岐にわたり、編集、執筆なども手掛ける。著書に『本なんて読まなくたっていいのだけれど』、『DESIGN IS DEAD(?)』(監修)など。早稲田大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。www.bach-inc.com